ロンドン日記

変わった2ペンス玉

 

買い物から家に帰ってお釣りの硬貨を調べていたら、何やら見慣れないおかしな2ペンス玉があった。なんだろうか、少し調べてみないと。

どちらかというと出不精なので、あまり外出はしたくないのだが、それでも買い物のためなどほぼ毎日のように家を出る。そうなると、いくら近くても、財布や携帯電話を持って行くことになる。それぞれ決まった場所がある。財布はジャケットの左側にある胸ポケット、スマートフォンはジャケットの左ポケット、鍵はズボンの右ポケット、ロンドン公共交通機関のICカードのオイスターカードはズボンの左ポケット、などなど。小銭はティッシュとともにジャケットの右ポケットに通常入れている。そして帰宅すると、小銭と鍵をテーブルの上の同じ場所に置く。鍵を忘れて外出したことはないが、小銭は忘れたことがあるので、一緒に置いておけば忘れることはないだろうと思って。

さて最近、買い物から帰ってきて、小銭をテーブルの上にやや無造作に置いたところ、なにやら見慣れない硬貨があった。色と大きさは2ペンス玉なのだが、女王エリザベス2世の肖像と QUEEN ELIZABETH THE SECOND とあるのが、なんとなくおかしい。毎日のように見ているのに、どこが「おかしい」のか、すぐには分からない。幸い、他にも2ペンス玉があったので、比較してみた。

左から1971年・1997年・2001年鋳造の2ペンス玉。ちなみに1971年は英国の通貨が、1ポンド=20シリング=240ペンスという制度から、1ポンド=100新ペンスという十進法に移行した年。ちょっとおかしい1992年鋳造の2ペンス玉とはやはり違う。肖像は1971年と似ていなくもないが、やはり違うし、これらの2ペンス玉に刻まれているのは ELIZABETH II D(EI) G(RATIA) REG(INA) F(IDEI) D(EFENSOR) である。この DEI GRATIA は「神の恩寵による」という意味で、続く REGINA は「女王」であり、最後の FIDEI DEFENSOR は「信仰の擁護者」という、法王レオ10世がヘンリー8世に付与した称号で、それ以来歴代イングランドそして連合王国国王が名乗っている。他の硬貨を見ても、同じく DEI GRATIA REGINA FIDEI DEFENSOR とある。

まさか、誰かが2ペンス玉を偽造しているとも考えられない。1992年以前に鋳造された2ペンス玉は銅含有率が97%で、銅の価格が上昇したときには、額面以上の価値があったというので、同じく違法行為でも溶かすというのはまだ分かるが、わざわざ偽2ペンス玉を造っているわけはないはず。

謎は深まるところだったが、裏面を見て、どうしておかしかったのか、直ちに分かった。この2ペンス玉は、ジャージー島の硬貨だった。厳密に言えばジャージー島だけではなく、近くの無人島などを含む Bailiwick of Jersey こと「ジャージー代官管轄区」の2ペンス玉。ジャージー代官管轄区は他のチャンネル諸島やマン島同様に、一般的に「イギリス」と呼ばれる連合王国という国の一部ではなく、英王室属領という位置付けで、硬貨・紙幣も独自に鋳造・発行している。他にも上記のように他のチャンネル諸島やマン島やジブラルタルも独自の通貨を持つが、連合王国と通貨同盟の立場にある。ジブラルタルの1ポンド玉は、これまでに何回か見たことがあるが、このような2ペンス玉は多分初めて。

スコットランドや北アイルランドでは、紙幣が地元の銀行によって発行されるが、独自硬貨はない。この差は、誰の名によって硬貨が鋳造され、紙幣が発行されるのかによるのだろう。英国では鋳造権は一般的に王権と結びついていると言ってよいだろう。エリザベス2世は「グレート・ブリテン島及び北アイルランド連合王国」という一つの国の女王なので、イングランド・スコットランド・北アイルランド別々に硬貨を鋳造する必要はない。一方、一般的に英ポンド紙幣はイングランド銀行が発行しているが、イングランドは連合王国全体ではないので、スコットランドや北アイルランドでは独自の紙幣がある。日本でも、貨幣は独立行政法人造幣局、銀行券は日本銀行と別々。

手元にはないが、2008年以降、2ペンス玉の裏面のデザインは変わった。しかし、それまでは上の写真にある通りずっと同じだった。これは王太子であるプリンス・オブ・ウェールズの紋章とモットー。1971年は前述どおり、英国の通貨が十進法に切り替わった年。そのため NEW PENCE とあり、このように「新ペンス」とあるのは概ね1981年まで。それ以降は TWO PENCE だが、極少数の1983年鋳造の2ペンス玉に NEW PENCE とあり、それらは蒐集家の間で高額で取引されるらしい。

さて次はどのような変わった硬貨がお釣りとして出てくるだろうか。