BBCと二重被爆者

2011年1月23日 | 最終更新2011年1月25日

現在一時帰国中で、インターネットを閲覧していると、何やらBBCが問題を起こした模様。少し調べてみると、お笑い・クイズ番組の『QI』にて、広島と長崎で被爆した山口彊氏のことを「世界一運が悪い男」として笑いの種にしていたことが判明した。12月に放映されたので、観ていなかったが、動画がいたるところにあったので、だいたいの状況は把握した。なお、この件に関しては、ブログ『水川青話』の記事『BBC「QI」の出演者たちは実際に何を言っているのか? これが「被爆を嘲笑」?』に訳文が掲載されている。

QIとはクイズ番組といっても、決して問題の正解を当てて競うわけではなく、司会者の Stephen Fry 氏がおもしろいと感じた回答にポイントを与える仕組みとなっていて、お笑いと雑学が混じったもの。ちなみにQIは quite interesting の頭文字。ここ数年、シリーズごとにABCと順に特定のアルファベットで始まる単語をテーマを中心に番組が展開されている。今シーズンはHで始まる単語が選ばれている。その中で Hiroshima そして二重被爆者が選ばれたのだろう。結構幅広い視聴者層を誇るが、非常に聡明な友人が巧く表現したように、厄介で自尊心がやけに強い自称インテリ、つまり本当はそうでもないのに自分は賢いと信じてやまない人々が一番観ているような番組。司会の Fry 氏は、機転が利くコメディアンで national treasure とも呼ばれているほど英国では人気がある。言葉は非常にうまく選ぶし、表現力に富んでいる。しかし、多く人が持ち上げるほど本当に頭がいいのか、それとも非常に頭が良くて、こう持ち上げられていることを知りながら芝居で知識人ぶっているのか、ちょっと分からないところがある。

悪意あって山口氏のことを嘲笑したわけではないだろうし、鉄道で移動したことは21世紀英国のひどい鉄道事情を嗤ったものだが、読売新聞『二重被爆者笑いのタネに、長崎の関係者「許せない」』に掲載された山口氏の長女の言葉として「核保有国に被爆を『運』と片付けられたくない。父だけでなく、被爆者のみなさんを愚弄している」にあるとおり、例えば山口氏が行ってきた活動の紹介や原爆症に触れることがなく、ただ「運が悪い人間」または「運が良い人間」としてジョークの種としたところが問題の本質。口調もかなり「軽い」ほうだった。彼らの話をまとめると「山口氏は用事があって広島にいたら原爆が落ちてきて、次に汽車に乗って長崎に行ったらまた原爆が落ちてきちゃった。それでも93まで生きたんだからどうなんだろう、彼は運が良かったのかな、それとも不運だったのかな」というような感覚。(注:これは発言を忠実に訳したのではなく、あくまでも雰囲気)

実際大使館経由で抗議文が送られ、一応の反応があったようだ。毎日新聞『英BBC:広報責任者と制作会社が謝罪 二重被爆者やゆ』によれば「BBCの娯楽番組担当広報責任者と番組制作会社は21日、連名で『(日本の皆さまに)不快な思いをさせ、申し訳ない』と謝罪する声明を発表した」とある。「声明は『QIは人々の気分を害する意図はまったくないが、日本の視聴者にとっての(原爆という)題材の微妙さを考えれば、(お笑い)番組で取り上げるには適切ではないと人々が感じた理由は理解できる』としている」という。(注:毎日新聞記事文中の「」は『』に変更)

原文を読んでいないため、「謝罪」なのか「遺憾」なのかちょっと微妙。声明も QI: Quite InterestingBBC Complaintstalkback THAMES には一見したところ見つからない。そして声明では制作したこと放映したことについては全く触れていない。つまりちょっと意地悪な見方をすれば「番組で取り上げるには適切ではないと人々が感じた理由は理解できる」し「不快な思いをさせ」たことは「申し訳ない」が、この内容で制作および放映した判断には間違いがなかったと認識していることになる。

1月24日追加

見落としていたが、BBCウェブサイト上にニュースとして声明が発表されていた。上記の「原文を読んでいない」は現在あてはまらないし、もう少し調べるべきだった、迂闊だったと反省中。さて BBC apologises for Japanese atomic bomb jokes on QI に掲載されているのは以下のとおり:

QI never sets out to cause offence with any of the people or subjects it covers. However on this occasion, given the sensitivity of the subject matter for Japanese viewers, we understand why they did not feel it appropriate for inclusion in the programme.

まあ未だに意地悪な見方ができる。

ある意味、BBCや制作会社にとって、海外からの抗議は声明文などで結構おざなりに対応できる。もちろん、今回必ずしもそうしているというわけではないが、本当に不快感を覚え怒り収まらない方なら、正規ルートでの抗議をした方が効果的かもしれない。在英邦人であれば、英国情報通信庁とも訳されている OFCOM (Office of Communications) を通すことで、フォームはこちら。理由は Broadcasting Codes / The Ofcom Broadcasting Code / Harm and Offence の2.3の太字部分が当てはまるだろうか。

In applying generally accepted standards broadcasters must ensure that material which may cause offence is justified by the context (see meaning of "context" below). Such material may include, but is not limited to, offensive language, violence, sex, sexual violence, humiliation, distress, violation of human dignity, discriminatory treatment or language (for example on the grounds of age, disability, gender, race, religion, beliefs and sexual orientation). Appropriate information should also be broadcast where it would assist in avoiding or minimising offence.

また BBC の編集ガイドライン5..38(Section 5: Harm and Offence | Portrayal)には以下のように記されている。太字で強調された部分がまたポイント。どう編集者たちは今回の表現を正当化するのか、BBC に尋ねることもできるだろうか。

We aim to reflect fully and fairly all of the United Kingdom’s people and cultures in our services. Content may reflect the prejudice and disadvantage which exist in societies worldwide but we should not perpetuate it. In some instances, references to disability, age, sexual orientation, faith, race, etc. may be relevant to portrayal. However, we should avoid careless or offensive stereotypical assumptions and people should only be described in such terms when editorially justified.

そして知的な番組を目指しているのだから、ちゃんとした調査をするべきだっただろう。例えば山口氏は英国の新聞 Independent (How I survived Hiroshima – and then Nagasaki) のインタービューに応じていて、この記事や他の資料を参考にしていれば、もうちょっとしっかりした番組内容となっていたかもしれない。英国人は一般的に第2次世界大戦というと対独戦のみを思い浮かべ、原爆については無知な人が多い。そして、無知なのに笑いの種にしたことが一番悪趣味だった。そしてこのようなやり取りも無知な人でしかできなかっただろう。無知のままの謝罪や反省などよりも、なぜこの番組に対して猛抗議が起きたのか、それを探り原爆および原爆症などの時代背景を中心としたドキュメンタリー番組を BBC が制作してくれればいいのだが。そしてどのようなときにどのような発言が許容されるのか、今後とも議論が続くだろう。

1月25日追加

どうやらBBCはユーチューブからこのクリップを削除したそう。削除したならば、やはり編集された内容に問題があったということだろうか。産經新聞『二重被爆者に「世界一運が悪い男」発言、英BBCがネット映像やっと削除