命の大切さと教育

2010年2月12日

子供に命がいかに大切かを説き、我々の生命は他の命を奪うことによって養われているを教えるのは難しい。そんなことを考えさせるようなニュースが英国で報道されている。

Andrea Charman 氏は、学校を監督する行政当局からも高い評価を受けていた有能な校長だったが、最近辞任せざるを得ない状況になったという。昨年9月に学校内の農園で児童が育てたマーカス(Marcus)と名付けられた子羊1頭を食肉処理場に送ることを決めたことがきっかけ。この話は昨年の時点でニュースとなり、SNS のフェイスブックにマーカスを助けるグループなども現れた。しかし Charman 校長は譲らなかった。子羊が食肉処理場に送られたことに、かなりなショックを受けた児童もいて、中にはカウンセリングも受けなければならなかった子供もいたという。そしてインターネットを主に校長個人への批判、誹謗そして脅迫が集中した。辞任の表向きの理由は「一身上の都合」だが、実はこの個人への攻撃があまりにもひどかったためだと言われている。

全く学校や教育方針と関係ない人が、子羊を可哀相と思うあまり、あるいは子供は殺生のことを知るべきではないとの意見で、個人をインターネット上で徹底的に攻撃する事態に至ったことは理解に苦しむ。反対はしてもいいが、脅すことで自分の意見を通そうとすることに共感はできない。また、反対者が全員菜食主義者だったとも思えない。子供だって食べる肉が生きている動物を殺すことによって得られていることを知るのは意義があると思うので、Charman 校長の判断は正しかったと思う。子供もこの残酷な事実と直面して、いろいろと悩み考えただろう。多くの人のように肉は好きで、命のあったものを食べていることは知っているが、殺されところは見たくも考えたくもないという結論に至るかもしれないし、菜食主義者になる契機となるかもしれない。

食が動物や植物そして季節から離れた、単なる腹を満たす品となってしまうのは、命と自然への畏敬が失われることに繋がるのではないだろうか。もっと大袈裟に言えば、それは人間が人間性を失う瞬間でもあるような気がする。