2007年英国選挙

2007年4月10日 | 最終更新:2008年8月5日

2007年4月10日

英国というと小選挙区制度で選ばれた議員がウェストミンスターにある国会議事堂で国政を担うが有名で、英国の政治となると、どうしても、ロンドンに目が向けられる。しかし、英国にはウェストミンスター以外にも比較的権限の強い議会が、スコットランド、ウェールズと北アイルランドにある。もちろん、地方自治体の議員もいる。今年(2007年)5月3日に選挙が行われるのは、これらスコットランドとウェールズの議会と地方選挙、そしてイングランドの一部の地方選挙。

今回の選挙は様々な視点から注目されている。大きくわけて三つある。まずはブレア政権、そして、彼が辞任したあとの労働党政権の行方。地方選挙が国政に与える影響といえばよいだろう。二番目は連合王国内でのスコットランドの政治的な位置。もう一つは選挙制度。連合王国内では北アイルランドに導入された、「単記移譲式投票制度」や「優先順位記述投票」と訳されている、single transferable vote という制度が今度スコットランドの地方選挙で使われること。この方式については後述する。

スコットランド、ウェールズともに労働党王国といってもよいほど地盤が固い。そのため、労働党はスコットランド・ウェールズ両「国」で与党。その反面、もしイングランド議会があったら、保守党有利になるだろう。現在ブレア政権への風当たりは非常に強く、労働党は現時点の世論調査で、自由民主党との連立与党であるスコットランドでは第一党から転落し、かわりにスコットランド国民党が議会での最大勢力になるとの予測で、また定員60名の内30議席を保有しているウェールズでは議席減が免れないという模様。今から負ける負けると言えば、結果がどんなにひどくても、最悪の事態ではない、というふうに言い訳ができる、と勘ぐっているいる人もいるらしい。

ブレア首相の退任時期についてはかなり臆測が飛び交っているが、この選挙で労働党が惨敗すれば、5月3日ないし翌4日に辞意を正式に表明しなければならないだろう、という報道も英国の新聞に載っていた。特に深刻なのがスコットランド。独立を標榜するスコットランド国民党が第一党となると、おそらく自由民主党との連立政権になるだろう。そして国民党は独立の是非を問う「国民投票」を数年後に実施すると言う公約を掲げている。次期連合王国首相と目されているブラウン財務相はスコットランド人で、スコットランドは労働党の地盤であるとともに彼の地盤で、そこでの敗退は後の政権運営を難しくする可能性もある、と指摘されている。労働党のスコットランド人の首相というのは、スコットランド議会発足後、比較的不利な立場にある。これは West Lothian Question と呼ばれる問題と関連している。これは以前、1970年代にスコットランドに権限委譲をするかしないかでウェストミンスターの国会で議論になったときに、スコットランド West Lothian 選挙区の Tam Dalyell 議員が、もしスコットランド議会に権限が委譲された場合、彼はイングランドの立法に関わることは出来ても、スコットランドの立法には関わる事が出来ない、という不合理さを指摘したことに由来する。1999年以降、実際にそうなり、一部で問題視されるようになった。事実、公立大学の授業料増額を定めた「2004年高等教育法」 [Higher Education Act 2004] は党議拘束をかけられたにも拘らず多くの労働党議員が造反したため下院で5票という僅差で可決された。教育はスコットランド議会に移管されたので、法の効力範囲はイングランドとウェールズだった。イングランドとウェールズの選挙区の議員のみであったら、数の上では否決されたのだから、党議拘束をかけられたスコットランド選挙区選出の労働党議員が賛成したため、可決されたことになる。つまりブラウン財務相が次期総理となると、多くのイングランド人にとって重要な課題である教育や医療問題について、スコットランドにおいてはそれらについての政策決定権がないスコットランド人の首相がスコットランドの議員の数を頼りに、政策を進めていく可能性もある。

このような問題があれば、イングランド議会を作り、連合王国の連邦化をすれば良いじゃないか、という論もある。もっともなのだが、連合王国内でのイングランドの政治的経済的重要度がスコットランドやウェールズよりも大きいことがあるため、イングランド議会があれば、連合王国議会そして連合王国そのものの形骸化に繋がるかもしれないという危惧がある。一時期はイングランド内での地域への限定的な権限委譲の是非を問う住民投票が行われたが、ロンドン以外では賛同を得られず、立ち消えになってしまった。またスコットランド議会への権限委譲は気運が高まりつつあったスコットランド独立の芽を摘み取るという意味があった。大幅な自治権をスコットランドに与えれば、スコットランド国民党を封じ込め、労働党の地位も盤石化するという思惑があった。またこれまで連合王国政府は労働党、スコットランド政府は労働党・自由民主党の連立で、政策面での対立はあったものの、連合王国内でのスコットランドの立場については、合意があった。これが国民党が主導権を握るスコットランド政府では、連合王国政府とのスコットランドが持つべき権限などについて対立が増える可能性がある。究極的に独立に至るかは別として、税制を含めて内政のさらなる権限の委譲を求めていくことが予測される。スコットランドの自治権が強まれば、イングランドの不満が高まることもあり、West Lothian Question がより深刻になるかもしれず、上院改革などの他の問題とともに連合王国の政治的構成を考え直す機会、あるいは連合王国史上未曾有の危機となるだろう。

英国の政治は二大政党制、というのは常識のように言われているが、スコットランドでは前述どおり連立政権。スコットランド・ウェールズ両議会と今度選挙がないロンドン市議会は小選挙区比例代表連用制で議員を選出しているから。スコットランド議会を例にすると、定数は129議席で、73議席が小選挙区、8ブロック56議席が比例代表。議席配分はドント式を用いている。つまり比例代表ブロックの議席は(比例代表ブロック得票数)/(ブロック内の小選挙区獲得議席数+比例代表獲得議席数+1)で得票数の多い順に配分される。ブロック内の議席獲得数を含むのが「連用制」であって日本のような「並立制」ではない所以。また小選挙区での議席は比例代表の票数によって再配分されることもない。つまり、小選挙区で選出されたら、比例代表の票数に関係なく、その選挙区の議員となる。例を挙げるとスコットランド最大の都市であるグラスゴーは一つの比例代表ブロックとなっている。このブロックにある10小選挙区では2003年の選挙で労働党がすべてで勝った。そのため、労働党は比例代表で77540票(37.7%)を得たものの、77540/(10+0+1)となってしまい、比例代表議席はゼロ。34894票のスコットランド国民党にまず1番目の議席、31216票のスコットランド社会党に2議席目、34894/(0+1+1)で17447票となったスコットランド国民党に3番目の議席、同じく31216/(0+1+1)で15608票となたスコットランド社会党に4番目の議席、続いて、15299票の保守党、14839票の自由民主党、14570票のスコットランド緑の党とブロック7議席が配分された。

今度スコットランドの議会選挙とは別の地方選挙では中選挙区制で議員が選ばれることになる。そこで使われるのが、single transferable vote という投票方式で、北アイルランドの他にアイルランド、マルタ、オーストラリア、ニュージーランドやカナダの一部の州や地域で使用されている制度。これは一枚の投票用紙に立候補者の名簿があり、有権者は当選してほしい候補の順に1・2・3⋯⋯とつけていく。さてさて、上手く説明できるだろうか。まあ結構面倒な話だが、当選するには、(総有効票数/(議席数+1))+1の票が必要になるということ。ここで議席数3、立候補者6名、総有効票数1600としてみる。当選に必要な票数は401。さて総数1600票で、『1』をつけられた候補が以下のようになったとしよう。A:601;B:370;C:280;D:165;E:103;F:81。まずA候補当選。まずA候補の獲得票数から当選に必要な401票を差し引くと200となる。この200票分が他の候補に振り分けられる。一票一票が他の候補に流れるわけではない。ここで重要なのが、投票者がA候補に『1』のあと誰に『2』をつけたか。ここで、本当は小数点5位まで計算されるのだが、便宜上四捨五入で整数にするため、A『1』の601票のうち1票はA『1』で『2』や『3』の記入が無かったということにしておく。別に2位以下を指定しなければならないということはないのでこれは有効票。A候補に『1』につけた投票者のうち30人(5%)がB、270人(45%)が同じ政党のC、150人(25%)がD、90人(15%)がE、そして60人(10%)がFに『2』を記した場合、これらの一票の重みは計算上200/601*票数となる。厳密な計算ではないが、1%あたり2票の加増となり新しい「票数」はB:380;C:370;D:215;E:133;F:101となる。401票に至った候補がいなく、ここでは更なる当選者はいない。ここで、獲得票数の一番少ないF候補が落選する。まずF候補に『1』をつけた81票は『2』の候補に回されるのだが、ややこしいのは当選したA候補が『2』となっているF『1』の票と、F候補がA候補からもらった余剰票の20票の扱い。この場合、F『1』A『2』の場合、誰が『3』が重要になってくるし、またA『1』F『2』の場合も『3』が決め手になる。まず81票は一票一票他の候補に渡りB:21;C:29;D:15;E:10ですでに当選したA候補には6票ということを想定する。この時点でB候補は少々歪な計算だがちょうど401(380+21)票になり当選。この時点で残りの3候補の得票数はC:399;D:230;E:143。さてF候補『1』でA候補『2』の6票のうち『3』はC:1;D:3;E:2であるとする。これらも一票一票加算される形でC:400;D:233;E:145となる。ここで、あとA『1』F『2』の60票の『3』が計算されることにある。この『3』の60票がB:6;C:24;D:12;E:18となっていた場合、また200/601*票数でB:2;C:8;D:4;E:6で計C:408;D:248;E:155でC候補の当選ということだ、と思う。定数が大きく、立候補者も多く、特定の政党や候補者を当選させないための「戦略投票」などなど、かなり複雑な制度になりうるかもしれないが、民意をよく反映できることは間違いない。

このような単純小選挙区制ではない方法が連合王国国会の選挙に導入されるかは未知で、労働・保守両党とも懐疑的だが、次の総選挙で労働党・保守党ともに過半数を取れず、少数政権ないし連立政権となった場合には、議論になると思う。

2007年5月5日

英国の選挙の結果が出た。今回の選挙はイングランドの地方、スコットランド議会と地方、そしてウェールズ議会の議員を選ぶためのもので、スコットランド独立の是非、ブレア現首相そしておそらくブラウン財務相が引き継いで率いる労働党政権への信任、または次回の英国総選挙の前哨戦とも言われてきた。

結果の分析は結構難しい。まず国政、つまり連合王国の政治の視点から始める。これは連合王国総選挙の観点から。労働党からすると今回誰にどれだけ負けるかが問題で、保守党の目は得票率に向き、自由民主党は小選挙区制度では不利な立場なので得票率の上積みないし現状維持ができるかが焦点だった。労働党は負けたものの、大惨敗ではなく、ほっとしているかもしれない。イングランドの地方選挙で負けても、総選挙で勝つ事も充分にありうるので、必要以上に心配することもないという意見もある。保守党は議席数を大幅に増やし、労働・自由民主両党から票を奪ったので、満足気味ではあるが、それでもまだ保守党議員ゼロというように地域差があり、必ずしも次回総選挙で勝てるまで気運が高くなるかは予測できない。1997・2001・2005年の総選挙に労働党や自由民主党に奪われた、もともと地盤と呼ばれるような場所の議席を奪回したようなもの。それでも保守党は今回のイングランド地方選挙では唯一の勝者とも言える。自由民主党にとっては議席減・得票率減で気がかりになる結果だろう。自由民主党のこれまでの躍進は、1990年代から2000年代の始めまで不人気の保守党から議席を獲得し、また最近数年は労働党から席を奪うことによって可能だった。積極的支持というよりも、他の2大政党に不満を持つ有権者を取り込んでいた。保守党はキャメロン党首が率いるようになり、党勢を回復しつつあり、労働党も固定票があり、これ以上自由民主党が食い込める場がなくなりつつある。これが2大政党制への回帰を意味するのか、または数年後は連合王国政府は連立ないし少数政権となるのか、まだはっきりとはしていない。

スコットランドの選挙では、投票用紙が3枚あったこともあり、かなりの混乱があった模様。まず最初にスコットランド議会の小選挙区への投票で、これは立候補者の名前が印刷されており、うち1人を選ぶ。2枚目はスコットランド議会の比例代表区で政党に投票する。そして3枚目は地方議員選出で、投票用紙に立候補者の名簿があり、当選してほしい候補の順に1・2・3⋯⋯とつけていく上記の方法だった。無効票が多く出てしまい、投票制度について再検討することになる。スコットランド議会選挙の結果はスコットランド国民党(民族党)の大躍進、労働党敗退、保守党と自由民主党は各1議席減といったところ。注目したいのはこの4党以外の議席が14から3に減ったこと。スコットランドはこれまでの1大(労働)3小(国民・保守・自由民主)政党制から2大2小の4政党制に変わった。ただ過半数(65)を超える連立樹立が、「あり得ない」労働・国民連立以外では、3党なければ無理なため困難。国民(47)・自由民主(16)・緑の党(2)という組み合わせが一部有力視されているが、ここ数日はまだ協議が続きそうだ。国民党と労働党の議席数の差は1議席だが、それでも全小選挙区の合計得票数が国民党664227票(32.9%)に対し労働党648374票(32.2%)そして比例代表では国民党663401票(31.0%)に対し労働党595415票(29.2%)なので、労働党が与党、国民党が野党となると、有権者の意思を無視することになると思われるだろう。いずれにしろ、不安定な政権運営となりそう。独立を問う「国民投票」が数年後に行われるかは別として、今後連合王国の体制に軋みがでることだろう。

ウェールズ議会選挙は労働党が4議席減、ウェールズ国民党が3議席増、保守党が1議席増、そして自由民主党が現状維持となり、こちらもなんらかの連立政権になるだろうが、労働党以外の3党は労働党との連立には否定的だが、国民・保守・自由民主という連立は政策上の違いがあり、難しいといわれている。こちらも不安定な要素があり、今後注目される。スコットランドのように独立というのは現在のところ視野にないが、それでもウェールズ議会の権限などで連合王国議会・政府との折衝が続きそうな気配がする。

スコットランド・ウェールズ両議会ともに歴史が浅く、連合王国の政体の実験的な側面があり、まだ発展途上なので、これから、欧州統合や地方主義という視点からも面白いところがある。