スポーツ選手とソーシャル・メディア

冬季五輪のショート・トラックという競技には、あまり興味が湧かない。スピード・スケートは時間があれば観るが、なぜだろうか。よく競技中に選手が転倒したり、ぶつかったりするのが、どうも好きになれないのだと思う。逆にそのような混戦状態が、非常に面白いという人もいるだろう。

さて、ショート・トラックで英国のメダル候補と目されている Christie 選手は、先週木曜日の500メートルのA決勝で2位でゴールしながら、他の選手の転倒を引き起こしたため失格となり、土曜日の1500メートルの予選では、フィニッシュ・ラインが描かれていないコースの内側に入ったところでゴールしたため、また失格となってしまった。

この時代、多くの選手は個人のフェイスブックやツイッターのアカウントを持っているので、直接罵詈雑言が届く。批判的な書き込みは時たまあるだろうし、五輪で競技に参加するスポーツ選手として受け入れなければならないこともあるだろうが、転倒を引き落としたことについて、度を越した非難や心ない書き込みがあったという。そのため Christie 選手はツイッターのアカウントを削除したらしい。

批判するなとは言わないし、競技やレース運びに関することについて、インターネットという公の場で厳しく分析するのは構わない。もっとも、スポーツ選手は、一番自分に厳しいことが多い。また、ショート・トラックの選手にとって、接触や転倒は競技の一部というかリスクであるし、この場合 Christie 選手も悪意で意図的に他の選手を倒そうとしているわけではないはず。失格という形でメダルを獲得できなかったり、勝ち進むことができなかったりというのは、失格した選手にとってはつらいだろう。それなのに、酷いコメントが寄せられたという。

競技についての批判はあってもいいが、人格を否定したり、貶めたり、殺人予告とも読めるような書き込みは、許容されるべきではない。実際に人に会って面罵するようなことはしない人々も、インターネット上では酷いことを書く。距離感が測りにくいのかもしれない。受け取る側にしてみれば、メッセージは直接であり、短い距離だが、書き込む側は、単なるソーシャル・メディアのコメントだから距離があると、あまり深く考えずに人を傷つけるようなことを平気で記すのだろうか。

これから五輪や大きな大会に出場する選手たちに、ソーシャル・メディアの使い方について、精神的サポートが必要になる時代となりそうだ。