読書日記 | War and Peace in the Caucasus: Russia’s Troubled Frontier

2011年2月8日

カフカスには詩人を虜にする何かがあるみたいだ。プーシキンやレールモントフの作品に、カフカスがよく登場する。浮かぶのは、連なる山々、国・文化・宗教・言語などの境、美しくも不安定で危険な場所。

このカフカス地方は「火薬庫」と呼んで差し支えないだろう。最近でも2008年の北京五輪時にグルジアと南オセチア・ロシアとの間で戦争が起きたし、頻繁に起こるロシア連邦内のテロ事件も北カフカスの勢力が関与している場合が多い。アゼルバイジャン内にあるが、事実上独立していてアルメニア人が統治している、ナゴルノ・カラバフの帰属問題も今後再燃しかねない。この本はなぜこのような状態にカフカスはなったのかを知るには欠かせない。

著者によれば、まず領土問題そして民族間で戦争が1988年以降起きたのは、ソ連・モスクワの求心力低下そして崩壊による混乱期の空白によるものだったという。ソ連体制瓦解は歴史的に類を見ないものだった。ソ連という現代の中央集権型の世界の超大国が、あまりにもあっさりと消滅したのは未だに良く説明できず謎の部分が多い。ソ連が分解して、多くの国々が独立したが、新しくあるいは再び独立した国の中にも他の民族が居住しており、自治権を有していた。アゼルバイジャンの中のナゴルノ・カラバフ、グルジア内の南オセチアとアブハジアがそれに当たる。しかし主権国家となったこれらの国々は領土保全を唱え、自治権を制限する動きを見せた。でも国内が政治的な分裂していたり、ときには内戦状態にあって、アゼルバイジャンの対ナゴルノ・カラバフ、そしてグルジアの対南オセチアおよびアブハジア政策は、軍事的に稚拙で一貫性がなかった。一方、自治権を失うかもしれないという危機感、そしてもっと極端にその地域での民族の存亡の淵に立たされたと思った、ナゴルノ・カラバフのアルメニア人や南オセチア人やアブハジア人は抗戦し、勝利を収めた。そして民族浄化が行われた。ナゴルノ・カラバフから多くのアゼルバイジャン人が追われ、アブハジアからグルジア系であるミングレル人が追い出された。特記されるのは、軍事的組織にあまり差がなかったこと。つまり国の組織化された軍隊対ゲリラという構図ではなく、言わば軽武装の民兵組織同士の戦争だった。

1994〜96年の第1次チェチェン紛争は、他の紛争と規模が違った。ロシア連邦内のチェチェンが独立を果たし、他の自治共和国などが追随するように独立を目指せば、ソ連が崩壊したように、多民族国家のロシア連邦も崩れるのではないかという危機感があった。またドゥダエフ大統領のチェチェン国内での人気が落ちたこともあり、ロシアは戦争の道を選んだ。しかし、ソ連最後の数年とロシアになってから防衛予算は充分でなく、軍の装備や士気は非常に落ちていて、軍の中には反対論もあり、内務省軍が中核となった。チェチェンの社会は部族中心であったため、結束力があり機動性に富んだ少人数の部隊でロシア軍を翻弄。そしてロシアは事実上敗退。しかし、チェチェンは反ロシアでは団結できだが、対露戦では有効だった部族社会が、国全体を実行支配する中央集権国家体制樹立を阻んだ。なお、第1次チェチェン紛争ではイスラム原理主義はさして重要ではなかったが、世代間の違いもあるし、アミール・ハッターブという人物の存在もあり、チェチェンは紛争後急激に原理主義化した。違う言い方をすれば、チェチェンは部族社会から国民国家への道ではなく、部族社会からイスラムを中心とする政治体制へ向かった。

武力紛争になったのは、カフカスの民族それぞれが負ったトラウマがあったと著者は指摘している。ナゴルノ・カラバフそしてアルメニアの場合は1915年の虐殺、チェチェンの場合は1944年の強制移住というように。アゼルバイジャンには凡トルコ主義派も存在していて、アルメニアにはトルコ民族に挟まれたという認識があった。また内紛多いチェチェン人の多くも反ロシアでは一致していた。第1次チェチェン紛争にてロシアに抗戦した司令官たちの多くは、強制移住先で生まれた世代に属している。またアブハジアでは長年のミングレル人の移住があって、グルジア化されるのではないかという危機感があったし、遡れば19世紀には帝政ロシアに敗れ、多くの人々がオスマン帝国領に追放された経緯があった。表現はちょっと悪いが、負ければ消されるということ。そして消されないためには戦い、勝つしかない。

読んだあと、今後カフカスはさらに危ない場所になりかねないと思えた。地域が抱えている多くの問題の外交による政治的決着への道程はあまり見えていない。グルジアが2008年に起こした戦争はロシア軍の電光石火の猛反撃を受け失敗に終わった。しかしグルジアが南オセチアやアブハジアの独立を認めることはないだろう。また石油資源で潤っているアゼルバイジャンは軍事力を増強していて、ナゴルノ・カラバフ問題を武力で決着させようとするかもしれない。チェチェンのカディロフ政権は強権的でイスラム主義によった政体となり、これからチェチェン国内を無事に治めることができるのか未知数のところ。