掃除や片付けの類が大の苦手で、皿洗いも嫌いなのだが、食器やフライパンを洗っていると不思議なもので時々良案が浮かぶときがある。少なくとも自分では良いアイディアだと思えるものが。皿洗いでは基本的に手だけを動かすので、脳に考える余力を与えているのかもしれない。一方コンピューターの画面の前に座って意識して考えても、アイディアなんて生まれてこない。
考え事も⋯⋯と文字にすると大仰だが、頭の中で問題点を整理したり明確にしたりして選択肢を絞りたい時も、家で机に向かって座ったままでは思いあぐねるだけ。無為に時間のみが過ぎてしまっているようで、次第に焦って、堂々巡りになったり、余計なことがよぎったり、雑念が増えたりする。
私は散歩に行くか当てもなくバスに乗ることで、考えをまとめることが多い。散歩であれば自宅近くのウィンブルドン・コモン。木立の中、木漏れ日の下、風で鳴る葉の音と鳥の囀りを聞きながら、ゆっくり歩いているとそのうち物事が鮮明になってきて、大抵のことは1時間ほどで自然と結論が出る。歩くのが億劫だったり、天気が散歩向きではないのであれば、バスに揺られる。どうも移動が良いというか好きらしい。2階建てバスの上階で、過ぎ去る窓の外のロンドンの景色をぼんやりと眺めながら、時間が流れていくうちに、大体は自ずと明らかになる。バスの速度がちょうど良く、地下鉄などの他の乗り物は速すぎる。私の思考速度に合っているのだろうか。
最近このサイトで少し迷っていたことが。歴史関連のコンテンツを「どうしようか」と。2026年6月のサイト・リニューアル前は、歴史についてのコンテンツを他の記事と別の括りにしていた。新装サイトでも別々にするか、それともこのページのように通し番号を付けた「記事」という大雑把なジャンルの一部とするか。ウィンブルドン・コモンを歩いているうち、旧サイトで風呂敷を広げすぎたのが問題でリニューアル時の大きな反省点の一つだったことを思い出し、記事の一部にすることにした。