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9・11

2001年9月11日の米国同時多発テロ事件から25年。

一時期白黒フィルムをカメラに装填して写真を撮っていた。何か気取っていたというか「ぶっていた」のだろう。米国・ニューヨークで遊覧船に乗った時にマンハッタンを撮影した。世界貿易センタービル(ワールド・トレード・センター)のツイン・タワーがあった時代。圧倒的存在感。カラー写真も別の機会に撮っていたような気もするが、探しても見つからなかった。

世界が変わる日というのはそう多くない。中には後になってからその重要性が認識されるような日もある。しかし2001年9月11日は明らかに違った。世界がそして歴史が変わった日だった。私はあの日22歳の若造だったが、とんでもないことが起きたということ、そしてこれからどのように変わるかは予想できなくても、いろいろと変わるだろうということは分かった。まだ25年。同時多発テロ事件以前から始まっていたテロとの戦いは終わったとは言えないだろうし、中東・北アフリカはいくつもの動乱や戦争を経てきて、今でも緊張状態が続いている。しかし十年一昔という。もう25年。四半世紀。あの日に生まれた人が25歳。そう考えると長い時間が過ぎた。多くの若い人たちにとって、9・11は遠い過去の話のように思えるだろう。

当時ニューヨークに家族が住んでいたので、同時多発テロは他人事ではなかった。私は英国時間の昼過ぎ、ロンドン中心部の大学図書館から出てトッテナム・コート・ロードという通りでこのニュースをテレビを観て知った。今は店も業種もほぼ全て入れ替わっているが、25年前、トッテナム・コート・ロードに電器店が軒を連ねていた。当時の東京・秋葉原ほどではなかったが、コンピューターやテレビなどを見定めたいのであれば行くような場所。店頭にずらりと並んでいたテレビが全てBBCニュースに切り替えられていて、繰り返しニューヨークの世界貿易センタービルが映されていた。何らかの事故なのか故意のテロなのか不明瞭で情報が錯綜した時間があったが、続報が入ってテロであることが明らかになった。1棟⋯⋯そしてもう1棟⋯⋯崩れていく世界貿易センタービルの姿を観ながら、呆然として立ち尽くしていた。ニューヨークにいる家族に電話をしようと試みても、回線は何時間も繋がらなかった。無事を確認できたのは英国時間の夜になってからだった。どれだけのテロ行為が計画されていたか知ることもなく、もっとあるのではないかと不安になった。もし今のようなSNSがある時代だったら、デマが広がって更にパニックになっていただろうか。

2001年12月〜2002年1月、同時多発テロ事件以降初めてニューヨークを訪れた時、街の何箇所で行方不明人の写真が貼られたり情報を求める物理的掲示板があった。

同時多発テロ事件から数ヶ月経った時点で、大都市の中心にぽっかりと穴が空いていた。まだまだ作業が続いていた。

ニューヨークに長らく行っていない。2011年10月が最近。ワン・ワールド・トレード・センターが建設中だった。