ベルギー | 言語という地雷

わけあってブリュッセルにいるのだが、私は仏語も蘭語もほとんどできない。ドイツ語はできる。ベルギーの東部にはドイツ語圏もあり、一応仏蘭独3カ国語が公用語なのだが、ブリュッセルでは一般的にドイツ語は用いられない。

仏語は店で物が買えるくらいで、読むほうがもう少しできる。そうとはいってもニュース記事などは大抵見当が付く程度で、現代文学は読めない。18世紀なら語彙も少なく文法もたいして難しくないので読めるが、19世紀になるとてんで駄目で、Voltaire ならなんとかなるが、Balzac は無理と言えばよいだろうか。

オランダ語・ドイツ語ができる人々から譴責されるだろうが、蘭語は独語を勉強したためけっこう楽に読める。もちろん違う言語なので、粗筋がわかる程度だ。学部生時代に、現在エストニアとなるリヴォニア関連の低地ドイツ語(Plattdüütsch / Nedderdüütsch)で認められた16世紀の史料を読み漁ったためか、オランダ語にもすぐに馴染めた。しかし話すことはできないし、聞いていても単語が幾つかわかる程度で文を完全に理解するには至らない。

周知の通り、ベルギーには大まかに南部の仏語圏と北部の蘭語圏があり、常に摩擦がある。蘭語圏ブラバントの中にあり、2カ国語が使われ仏語人口の方が大きいブリュッセルの帰属問題さえなければ、既に2独立国に分かれたと思う。ブリュッセルでは通常仏語で話しかけるが、ブリュッセルから離れて蘭語圏ブラバントやフランデレンに行くと蘭語か英語を使う。仏語で話しかけると、露骨に嫌な顔はされないが、歓迎されていないという雰囲気はある。仏蘭バイリンガルというのは結構少なく、また一般的に蘭語圏ベルギー人の方が仏語圏ベルギー人より英語が上手。

またひどいことに、ベルギーのフランス語はよくフランス人から馬鹿にされる。やれ発音が違うだの、数字を正しく数えないなど(ベルギーで70は septante で90は nonante だが80は quatre-vingts)、いろいろある。また法律用語など国によって単語の意味の違う。またベルギーのオランダ語はネーデルラント王国で使われている標準オランダ語とも違い、ベルギーの東フランデレンの人がアムステルダムのデパートで買い物をしていて、オランダ語で店員に何か尋ねたら英語で返答されたという話を聞いたことがある。またテレビ番組によってはオランダ語を喋っているのにオランダ語の字幕が付くというほど、ベルギー内の蘭語は多様だ。だからフランス人やオランダ人から、ベルギーのフランス語・オランダ語は「間違っている」ため「習わないように」と忠告されたこともある。

結局ブリュッセルでは英語に頼ることが頻繁になるが、パリで時々あるような「何か文句あるか、このフランス語を解さぬ野蛮人め」という態度に遭遇したことはない。そうとはいってももう少し仏語も蘭語も勉強せねば⋯⋯。