オペラとテニス

新型コロナウイルス感染症が流行しはじめてから1年以上経過した。外出制限もあり家にいる時間が長くなった。もともと出不精。社交性に欠け、街に繰り出して遊ぶような性格でもない。それでもどこにも行かず、徒歩圏内で生活が完結するのに飽きた。いつになるかはまだまだ分からないが、制限がなくなったら、いろいろな場所へ行こうと決めている。

無風流なので芸術やスポーツに造詣が深いわけでもないが、一年に数回は何かに触れたいと感じる。特にオペラとテニス。もちろん博物館や美術館へ行ったり映画や演劇を観ることもあるし、テニス以外のスポーツを観戦することもあるが、オペラとテニスが好きというか楽しみ。しかし我ながら「趣味はオペラ鑑賞とテニス観戦」などと言うのは気取った嫌な奴だ。

オペラは高尚な芸術だと思っていない。一昔前のドロドロ愛憎劇の昼ドラ脚本家でさえ青ざめるような内容もあれば、単に滑稽だったり要領を得ないようなのも。オーケストラ・歌手・舞台・演技・演出など様々な芸能を集めた総合的な芸術だから面白い。映画やテレビなどの映像がある表現が普及する前、これほど多くの要素を詰め込んだ娯楽はなかったはず。オペラが好きに理由になったのは、学生のときに留学と研究のためドイツ・ベルリンに住んでいたことがあって、頻繁に歌劇場に行っていたから。開演1時間前に売れ残っている席があれば、どんなに良い場所で高くても学生証を提示して格安で券を買えた。感性は人それぞれで、多様であるのが当たり前。好きなオペラを挙げるととすれば、ベタかもしれないが19世紀のイタリアの作品。

テニスを観るのは、長くウィンブルドンの全英オープン会場から徒歩数分の所に住んでいるため。去年は中止になってしまったが、ほぼ毎年数回は会場に足を運んでいる。事前に券を買うこともあるが、大抵は時間があるかそして天気の模様を見ながら当日の入場券を求めて並ぶ。ウィンブルドンの席は試合ごとに販売されているのではなく、一日中有効でそのコートで行われる全試合を観ることができる。観客全員が全試合を観ることはなく、会場を出るときに券のバーコードが読み取らて、その席は再販売される。入場券+再販売でセンター・第1・第2の各コートで試合観戦ができる。準々決勝や準決勝の一部を観たこともあるし、雨による順延で月曜日になった2001年男子シングルス決勝もセンター・コートで観た。ここ数年は大会2週目の土曜日、女子シングルス決勝の日に行っている。目当ては女子シングルス決勝の後にセンター・コートで行われる男子ダブルスの決勝。観客の多くが女子シングルス決勝の後に家路につくので、再販の席が取れる。また女子シングルス決勝後に表彰式が行われて、男子ダブルス決勝の試合開始まで時間に余裕があり、ちょっと時間がかかっても、第1セットの第3ゲーム後のコート交替時には着席している場合が多い。

変だと思われるかもしれないが⋯⋯オペラ鑑賞で期待が最高潮に達するのは、指揮者が登壇する直前のオーケストラの音合わせ。テニス観戦だったら、ウォーム・アップの終わりで試合を開始するときの主審の Time の一言。これから始まるという期待と緊張で、演者・選手・関係者・観客全員が固唾を呑む一瞬。空気が変わる。この雰囲気はテレビやラジオでは伝わらないと思う。少なくとも私には媒体を通して汲み取れるほどの想像力も感性も備わっていない。

家にテレビがなく、テレビ番組はコンピューター用のディスプレイで観ている。あまり画面は大きくないが、それでもテレビや映画は観ていて面白い。最初から映像として作成されているから。一方、歌劇・演劇・スポーツは実際に会場で観ることを前提としている表現。

現在ニューヨークのメトロポリタン歌劇場 (www.metopera.org) が Nightly Opera Streams として日替わりでオペラの無料配信を行っている。最近チャイコフスキー作曲の『エフゲニー・オネーギン』を全部観たが、それ以外だと観はじめても最後まで観ることはほとんどない。オペラという総合芸術ではなく、単に音楽として聴くのであれば、レコーディングの方が音質が良いと思う。舞台を撮影しているので、いくらカメラの切り替えなどが上手であっても、どうしても臨場感がない。映画館の大型スクリーンで観ているのなら別かもしれないが、実際に歌劇場で鑑賞するのとコンピューターのディスプレイで観るのでは大きな差がある。スポーツも似たようなもの。テニスはウィンブルドンの男子シングルス決勝以外テレビで観ることはない。他の競技も五輪やW杯などの国際試合や大会、サッカーであれば例えばCL決勝でもない限り、テレビで観ることはない。たまにラジオでクリケット中継を聴くくらいだろうか。

いずれVR技術が発達して、家でもまるで会場にいるような体験ができるようになるだろう。しかしそれまでは実際に会場で鑑賞観戦するのが、芸術やスポーツの醍醐味だと思う。新型コロナウイルス感染症の終息が待ち遠しい。