カルトとテレビ

中年男の仕様もないぐだぐだの昔語りになるが⋯⋯物心が付いてから大人になるまでの間に起こった大きな事件は、人格とまで言わなくても世界観というか物事についての意見や判断の基準として、生涯に亘って影響を与えるものだと思う。1979年生まれで1980年代末から1990年代中葉までたくさんの事件があって影響を受けたが、その中の一つにカルトに対する恐怖心というか強い警戒心による拒絶反応が挙げられる。ここでの「カルト」は自ら社会から離脱して他者を敵対視し、自分たちは絶対に正しいと確信して、グループ内にブレーキがなくてカリスマ性のある指導者の下に先鋭化して暴走する集団を指す。具体的にオウム真理教が関与した一連の事件だが、心の隅に再び似たような集団が出現するのではないかという危惧がある。インターネットで同じ主義主張の人々が簡単に繋がる時代になったので、危機感は年々強まっているかもしれない。また尊敬したり憧れたりする人を軽々しく「神」と呼ぶが、生きている人間を神格化して崇拝するような言葉を使うことに、違和感というか何とも言えぬ不安を覚える。

オウム真理教による地下鉄サリン事件(1995年)の時はすでに渡英していたが、1990年は日本に住んでいた。東京都杉並区。まだ衆議院が中選挙区制の時代で、杉並区は渋谷区と中野区とともに衆議院東京第4区を成していた。これは麻原彰晃が立候補した選挙区だった。今の日本の選挙戦がどのようなものなのか分からないが、当時の選挙戦はとにかくうるさかったし、オウム真理教が信者を大量動員して人海戦術を用いていた。当時小学生だったが、学校で「麻原彰晃マーチ」が流行っていたし、どこであったか象の着ぐるみの信者が並んでいた記憶がある。だが麻原彰晃は0.3%の得票率で惨敗して供託金は没収。この選挙結果を受けてテロによる国家転覆を図るようになったと言われている。

子供心に麻原彰晃は「どこかおかしいのではないか」と思っていた。ただ記憶が曖昧で、自分は実際そうだったと信じていても、実は記憶が後に「捏造」された可能性もある。麻原彰晃や他の教団幹部は選挙に出馬していたし、選挙惨敗後もメディアでよく取り上げられていた。今の若い人たちがあの頃のテレビを観たら卒倒するのではないかと思うほど、言葉は悪いが変人奇人悪人胡散臭い人間が出て、番組の企画で平然と一般人や素人をいじめて、報道合戦でプライバシーを蹂躙していた。明らかに怪しげなオカルトや新興宗教関係者が、家族でテレビを観るような時間帯に頻繁に出ていたという記憶があるし、麻原彰晃は何度も番組に出演していた。

多くの人がスマートフォンを持ちインターネットを利用する現在と比べ物にならないほど、情報源として娯楽としてテレビの影響力は大きかった。テレビに映るものこそ真実であり正しいという考えが強かったような気がする。テレビに出ることは社会的信用の証でもあった。テレビ局はバブル景気で金を湯水のように使えて、物凄い権力があった。まだその時代に若手の演者として出演していた芸能人やタレントが大御所として現役だし、制作側にも残っているどころかかなり偉い立場にいるだろう。あと20年ほどしたら、冷静な目で1980・1990年代のテレビが社会に与えた影響が研究されるよう願っている。今はコンプライアンスがきっちりしているだろうが、純然な報道を除き日本の民間放送局に対して拭いきれぬ不信感が私の根底のどこかに淀んでいる。

どの時代も振り返れば奇異なのかもしれないし、まだ子供だったので記憶が捏造あるいは補強されているかもしれないが、今からするとバブル景気が弾ける前後、衣食足りすぎて礼節を忘れるというか、金はあっても心が満たされず何やら世紀末的で頽廃したというか窒息気味の空気が流れていた気がする。そんな中で新興宗教は多くの人の心を捉えたのだろうか。