翻訳者のぼやき

電話よりメール

もう大分前の話になるが、非常に忙しかった日の昼下がり、電話が鳴った。もし変な商品やサービスの勧誘だったり、個人情報を盗もうとするようなのだったら⋯⋯「許さないぞ!」といきり立って電話に出た。かけてきたのは、もう何ヶ月間も連絡がなかった翻訳会社で、次の日の午後までに「2時間分の」翻訳ができるかどうかという打診だった。その時は余裕が全くなかったため、断るしかなかった。時間もなかったが、実際に2時間で終わるような案件かどうか、原文を読まない限りわからないもの。

あまり電話は好きになれない。考えてみれば、

「現在行っている作業を即座に中断して出るまで、音を出し続けてやる」

という甚だ迷惑な奴。もし、仕事で忙しい時に近くに寄ってきて、返事をするまで毎回一つ覚えの同じ曲を大声で歌い続けるような人間がいたら、煙たがられるだろう。

頭の切り替えが遅いというのか鈍いというのか、電話に出るために一旦作業を中断すると、大体、

「あれ、どこだったっけ?」

と作業再開に戸惑う。

まだ電話で話したほうが早い場合もあるだろうし、そのように確信している人も多い。それでも現在は、電話よりメールでのやり取りの方が圧倒的に多い。時差の関係もあるし、文書や必要なファイルを添付できるため。十数年前、ダイアル・アップの時代、文書が保存された光学ディスクが宅配便で届き、翻訳して宅配便で返送したことがあった。また、ここ数年、情報セキュリティーのため、数度出向いて翻訳したことがあるが、一般的にはメールで連絡を取り、家で作業する。そして、電話で口頭での合意があっても、その合意内容は大抵メール本文あるいは添付の文書となって明文化される。電話中いちいちメモするのも面倒だし、状況によっては何らかの文書でないと後々揉めることもある。

事前に時間を決めて行う電話会議を除くと、電話は基本的に一対一の会話であるのに対して、メールは一度に多くの人数に送付できることが利点。なるべく多くの人と連絡を取って、仕事を引き受けてくれる人を探し当てる確率を高めるという観点からは、メールの方が効率が良いだろう。しかし、別の言い方をすれば、電話では基本的に一対一の会話しかできない。そのため、対話相手を重要視しているとも言えるだろうか。

何ヶ月も音沙汰のなかった会社だから、私が第一候補であったわけではない。邪推すると、

「あの人はだめ、あの人は不在。ああ、明日納品なのに、どうしよう⋯⋯。データベースによればこんな人もいる。電話をかけてみるか」

だったのではないだろうか。上から何番目だったのだろう。

仕事関連の連絡は、しっかりと記録の残るメールの方が良いと思っているのは、私だけだろうか。