発音フェティシズム

何を観ていたのか探していたのか⋯⋯すっかり忘れてしまったが、もう何日も前の雨の降る午後、次々表示される YouTube のおすすめ動画を閲覧していたら、日本語を母語とする話者に英語の発音について発信する動画数本に辿り着いた。様々な切り口で、英語の発音や発声について説明したり習得方法を紹介していて、登録者数も再生回数も多かった。中にはちょっと首を傾げたくなる内容もあったが、言語を学ぶにあたって最適の方法は個人によるので、言語学者でも教育者でもない私が一概に正しいあるいは間違っていると断ずることはできない。中には英語を母語とする人が、主に日本語を母語とする人の英語での会話を文法や発音の面で評価するチャンネルもあった。

英語にしろどの言語においても発音が「ほとんどの場合通用する」水準に達していれば、私は完璧を目指す必要はないという意見だ。決して目指すべきではないということではなく、目指すこと自体は悪くないが、最優先されるべきではない。理由は割に合わないから。いわゆるコスパ(費用対効果)が悪い。もし全くその言語の母語話者の誰にも理解されない状態を0、完璧を100、上記「ほとんどの場合通用する」水準を90とした場合、80から90に上げればより意思疎通ができるようになるが、十分に通用する90から完璧な100に上げても、収穫逓減ではないが、それほど劇的に会話が弾むというわけでもない。完璧な発音を求めるよりも、語彙を増やしたり慣用句を覚えた方がよっぽど有意義だと思うし、それ以上に人間として成長することが大事だろう。

そもそも英語の場合、完璧な発音とは何だろうか。文法や綴りになど特に書き言葉にあっても、発音に「標準」というものは存在しない。英語を母語にする人は世界中にいて、それぞれ発音が違う。そして同じ国の中でも多様。英国でも米国でも国内の地域や個々の家族や社会的地位や背景や教育で違う。簡単に言えば全員訛っている。もし誰かが自分は「正しい」発音をしていて、その発音を教えているとすれば、自分が中心だという思い込みに過ぎない。英国の Received Pronunciation や米国の General American のように、歴史的社会的に権威を持ち「標準」と多くの人に受け取られて辞書に載る発音は確かに存在するが、多様化する21世紀において時代錯誤だろうし、膨大な努力を払って「正しい」発音を習得したとしても、中身を伴わなければ無意味だ。また変に気障っぽいというか無理しているというか、母語話者に違和感を与えてしまうこともあるだろう。

世界の多彩な英語の発音を紹介したり比べたりするのは興味深いし、英語学習の一環として有意義だと思うが、悪い発音フェティシズムとでも呼べるような発音による階級差別や優劣意識は避けるべきだ。100年以上前に『ピグマリオン』で痛烈に風刺された愚行。