欧州危機と英国

2011年12月12日

2011年12月9日

3日前、つまり2011年12月9日は、この後、ヨーロッパの歴史、そして英国の歴史において、非常に重要な日付として記憶されることになるかもしれない。これは、欧州債務危機を打開し、ユーロ安定化を図るために開かれていた、欧州連合加盟国首脳会議・欧州理事会にて、ユーロ圏財政安定連合を目指す財政協定に、非ユーロ圏の国も含め、欧州連合加盟27カ国中26カ国が参加あるいは今後参加する可能性を残すことで合意したから。そして1ヶ国、つまり英国のみ明確に参加せず、キャメロン首相が、欧州連合基本条約改正案に反対し「拒否権」を行使したから。

債務危機 ユーロ危機

この欧州理事会はもともと、イタリアやスペインといった国々の信用回復、そして単一通貨ユーロの安定化を主眼としていた。現在の欧州の経済危機は、ユーロという通貨自体の問題というよりも、加盟国の一部の財政規律の問題という見方が強い。しかし加盟国の信用によっては、ユーロ自体が崩壊しうる可能性を孕んでいる。これは、単一通貨と単一市場があっても、各国の財政にばらつきがあるという不完全な統合によるものでもあった。ギリシャなど慢性的な重債務国があって、ドミノのようにユーロ圏の国の信用が低下し、国債利回りが上昇し、行く先は国家財政の破綻という構図が危惧されている。ギリシャの財政はすでに破綻して、もしイタリアやスペインが同様な問題を抱えるとなれば、欧州の銀行の連鎖破綻に、ユーロという通貨の破綻という結末になるだろう。そうなれば、まさに大恐慌再来の事態となりうる。

独仏は財政規律を強化するため、欧州連合基本条約の改正によって、健全化を基本条約に組み込み、強制力を伴わせることによる、信用回復を目指していた。この基本条約改正は英国の拒否権行使によって葬られたが、残る26カ国による財政協定合意が定めるところによれば、構造的財政赤字は名目国内総生産比0.5%以内、財政赤字は3%以下に抑制し、赤字がこれらを超えた場合には自動的に制裁が発動される。ユーロ圏の国はこれらを憲法ないし国内法にて法制化する。また欧州委員会には、ユーロ圏の国々の予算など財政に関する監督機能を与える。これらはどちらかというと中長期的にユーロ圏国家の信用度を高める狙いであり、短期的な対応ではない。

国家財政健全化とともに、危機拡大阻止のための基金も強化される。こちらが当座の対策だろう。欧州金融安定化基金の総融資額を5000億ユーロとし、2012年7月頃に欧州安定化メカニズムを設立し、欧州金融安定化基金から引き継ぐこととしている。またユーロ圏安定のため、国際通貨基金に2000億ユーロを醵出することも表明された。

これまで欧州の対応を後手に回っていて、今回の財政協定、そして欧州金融安定化基金や欧州安定化メカニズムでは、不十分という意見も多いだろう。財政規律強化の実効性や強制力についても疑問符がついている。そして中長期的な財政規律策は良しとしても、短期的に市場における信用回復に繋がるかはまだ未知数。

キャメロン首相の誤算

ドイツのメルケル首相は欧州連合条約改正を最良案としていて、一方フランスのサルコジ大統領はどちらかというとユーロ圏17カ国による合意を模索していたようだが、結局、英国を除く26カ国が財政協定に参加ないし国会に参加の是非を問うこととなった。このため、英国は欧州連合内で孤立する形となった。キャメロン首相は英国の国益を守ったと主張するだろうが、果たしてそうだろうか。

英国の国益とは「シティ」とも呼ばれる金融業のこと。ユーロ圏の国々の財政規律に関して、欧州委員会や欧州理事会の監視を受けることは、「絶対に単一通貨に加盟しない」という信条のキャメロン首相の英国にしてみれば、特に強い反対はなかったかもれない。キャメロン首相が受け入れられないとしたのは、欧州連合による金融業の監督強化や金融取引税の導入などの金融規制などの可能性。現在、これらは特定多数決方式で決められるので、英国は拒否権を行使できる全会一致制、あるいはシティの利益とは相容れない金融規制などが英国には及ばないという何らかの確約を求めた模様。

キャメロン首相は独仏の間に楔を打ち込み、譲歩を引き出そうという作戦だったのかもしれないが、もしそうだったならば大誤算。まず独仏ともにユーロに関しては一枚岩であったし、英国はユーロ圏の国々の支持を得ることもなく、また非ユーロ圏の多くの国々も基本条約改正あるいは財政協定に関して前向きだったために、キャメロン首相は拒否権を行使したことになる。見方を変えれば、英国が拒否権を行使できたのは、独仏を始め、他の国々が英国抜きでも有効な政策をとれると判断したためとも言える。もし基本条約改正が絶対条件であったり、英国が他国の支持を得ていたならば、メルケル首相やサルコジ大統領は、拒否権行使をちらつけるキャメロン首相に譲歩せざるをえなかっただろう。それができなかったキャメロン首相は、外交的敗北を喫したのかもしれない。

つまり、キャメロン首相は、孤立したため、拒否権を行使せざるをえない立場になった。そして弱く苦しい立場は、欧州外交だけではなく、国内情勢についても言えること。これは、保守党内には欧州懐疑派の議員が多くいて、もし基本条約改正に合意したとならば、国会運営が厳しくなっただろうし、改正の是非を国民投票で問うような事態になったかもしれない。もし保守・自由民主連立政権が基本条約改正に合意したならば、政府は賛成の立場となるだろうが、保守党は割れて反対に回る議員が多く出ることは容易に予想できる。しかし、保守党の欧州懐疑派を懐柔するための拒否権行使は、連立を組む親欧州派の自由民主党にとってはかなり不愉快なことだっただろう。

基本条約改正は阻止したが、金融規制や監督強化などは特定多数決方式で決められる場合があるので、もし英国が今後孤立すれば、多数に押し切られてしまう可能性もある。つまり守ろうとした「国益」は、充分には守られていないとも言える。

欧州中央銀行「砲」の出番? ドイツが連帯保証?

これまで、ドイツは欧州中央銀行が大規模な量的緩和を行ったり、イタリアやスペインの国債を買い取ることや、ユーロ圏共同債を発行する案などに反対してきたが、今後国際法に基づき比較的拘束力のある政府間協定で財政が健全化する道程が見えてくれば、このような政策を容認するようになるかもしれない。量的緩和策や国債買取やユーロ圏共同債発行などは市場の安定には有効であり恐らく必要だが、ドイツの国内政治の観点から非常に難しかったし、いまでもドイツ国民を説得できるか疑問。量的緩和や国債買取などの欧州中央銀行「砲」は、伝家の宝刀かもしれない。事態が今後更に深刻となれば、抜く必要に迫られるだろう。そしてユーロ圏共同債発行は、ドイツがユーロ圏の他国の債務の連帯保証を行うこと。ドイツの政治家と国民に、いかなる代償を払ってでも、ユーロを守る覚悟があるのかどうか、市場はまだ見極めがついていないのかもしれない。

2011年12月9日と今後の展開

2011年12月9日が、将来どのような形で記憶に残るのかは、今後の展開による。もしユーロ圏崩壊となれば、この協定はあまりにも遅く、あまりにも不十分であったと非難されるだろう。もしユーロ圏が中長期的に安定すれば、危機を脱した転換期と評価されるだろうか。キャメロン首相はいずれにせよ、間違った判断を下したのかもしれない。ユーロ圏崩壊となれば、その余波はすでに不況風吹く英国を飲み込むだろうし、一方、ユーロ圏安定となれば、孤立の道を選んだと批判されるだろう。