スポーツ生中継:観たくない人と観たい人

知人の一人に、映画や本は何が起こるか分からないと、観ない読まないという人物がいる。「ネタバレが大嫌いという人の正反対」と表現すればいいだろうか、結末を事前に知らないと不安になるという。謎解きが視聴者の楽しみの一部であるような、テレビのミステリー番組も、事前に誰が犯人か知らないとダメ。そして、テレビでスポーツの生中継は観ない。特に応援する選手やチームがいると、とても観ることができないという。あまりにも緊張するから。この人は極端な例だが、結果を知らないでスポーツを観るということを嫌う人は、結構いるのかもしれない。自分の応援する選手やチームが負ける瞬間を観るのが、あまり辛いということだろうか。つまるところ、勝ったら録画で観るが、負けたら絶対に録画は観ないし、新聞もスポーツ面は読まない。

一方、私は、スポーツであれば、生中継で観たいし、できれば実際に競技場に足を運びたい。例えばサッカーの欧州選手権やワールド・カップで、2試合が同時間に行われる場合は、片方を生中継で観て、もう片方を録画で観るということはするが、通常は生中継がいい。インターネットを遮断して、テレビでニュースも観ずに、結果を知らずに録画を観るということもできるだろうが、もう結果が出ているということが、なぜだか気に食わない。もちろん、一人の人間が生中継で観ても観なくても、結果が変わることはない。自分がテレビの前で応援するから、結果が左右するなどということはないし、結局、応援する選手やチームが勝つことによる高揚感、あるいは負けることによる失望感や悔しさは、自分勝手にそう感じているだけに過ぎない。それでも、どんなドラマが生まれるか分からないところを、応援している選手やチームと同時に、再び訪れることのない結果の瞬間を共有しながら観るというのは、スポーツの面白いところだと思う。

応援する選手やチームには、勝って欲しいし、負けたら悔しい。全力を尽くして負けたならば、悔しいが、それは仕方がない。誰だっていつも勝てるというわけではない。もっとも負け方が悪いと、何となく釈然としないのも事実。熱狂的なファンは時として負けたら、応援する選手やチームを口汚く罵ることもある。なんとなく勝手な片思いで、振られたので、「裏切られた!」と叫び喚くのは、行き過ぎのような気もする。でも次に勝てば、褒め称える。スポーツ選手は、つくづく大変だなあと思ってしまう。特に競技人口も観客動員数も小さいスポーツが、五輪などで急に脚光を浴びるときに、選手にはちゃんと精神的な支えが組織として存在するのか、他人事ながら心配してしまう。

今日は2014年2月14日、まだまだソチ五輪が続く。スポーツ観戦は人それぞれ。閉会式まで、時間が許す限り、できれば生中継で、数多くの素晴らしいスポーツの瞬間を観たいが、結果を知ってあとで観る人もいるだろう。でも、覚える感動は似たものだと思う。