#42

YouTuber にはなれない

動画を作成できる人は「凄いな」と思う。

もし YouTuber になるとしたら、毎度の前口上というか挨拶を

「血圧とコレステロール値と腹周りが気になる47歳」

にでもしようか。

でも私は YouTuber になるつもりはないし、似合わないだろう。顔出ししようものなら、おじさんなので絵面が暑苦しくなる。そもそも「人前に出たい、カメラの前に立ちたい」という願望がない。できれば写真にも映りたくないタイプ。もし目立ちたい人間だったとしても、面白味というか出役・演者としての魅力・能力はないし、特に弁が立つわけでもないし、何か人を惹きつけるような特技も強烈な個性もない。どうしても「なりたい」と願っても、社会的に広く YouTuber が職業として認知されてもう何年も経て、市場として成熟して、数多くの動画クリエイターが視聴者の可処分時間を巡って争っているので、今参入したところで勝機がない。

カメラの前に立つ演者ではなくカメラの後ろに立つ撮影者としても、画角良く撮れることもできなければ、動画の編集にも手こずるだろう。かなり前に一度だけふと vlog みたいなものを作ってみようと思い立って、自分を全く映さずに、朝のコーヒーを淹れるところから日常をスマートフォンで撮影した。翌日ひとまずデータのファイルを全て繋ぎ合わせて、どんどんカットして、映像を数分にまとめて、音量を調整して、テロップを入れるところまでやったが、絶望的にセンスがなかったのとあまりにも時間がかかってしまったので、結局載せずじまいになった。自分が見ても全く面白くなかったので、誰も見ないことは明らかだった。数をこなせば技術はある程度上達して工程の効率化も図れただろうが、センスの無さはどうにもならなかっただろう。

台本を作ってカメラの前にも後ろにも立って、企画者としても演者としても撮影者としても編集者としても動画を一人で作っている YouTuber は「本当に凄いな」と思う。同時にカメラの前にも後ろに立つことを可能にした自撮り棒というのは、そう考えると非常に画期的な発明だった。

何事にも挑戦するということは素晴らしいことだが、動画は私にとって無謀なジャンルにしかみえない。文章と写真に徹しよう。どうも「動」ではなく「静」の方が性に合っている。